農家インタビュー #03

Interview #03

農家 田舎屋ふりはた

現在、農家民宿の受入を行っている農家数は70軒ほど。育てている作物も、立地も、家族構成も異なる農家さんたちは、それぞれ個性を活かした体験プログラムを用意しています。

こちらでご紹介する農家さんは「田舎屋ふりはた」の降簱正(ふりはた ただし)さん。ご自宅は安曇野市のほぼ中心部、市役所や総合病院のすぐ近くにあります。田園風景が広がり、北アルプスが見える開放的な地域です。
降簱さんが心がけているのは、子ども達の声に耳を傾けること。「子ども達がひっそりと、日頃の思いを打ち明けてくれる」と話す降簱さんは、子ども達との信頼関係を築いています。

安曇野の景色を満喫できる農体験

安曇野を象徴する景色は、田畑と、その向こうにそびえる北アルプスの山々。初夏の田植え前、水が張られた田んぼに、山々が鏡のように映し出される姿は見応えがあります。稲穂は、夏は緑、秋には黄金色に染まり、北アルプスはその場で変わらず安曇野地域を見守ります。そんな絵に描いたような眺望の中、子ども達は農作業を行います。

降簱さんの田畑では、使用する化学肥料農薬を慣行の半分に減らした特別栽培米や、有機栽培野菜が育ちます。「皆さんが思うような野菜はだいたい作っています」と降簱さん。

子ども達が体験できるのは、5月はイチゴの収穫や苗の植え付け。6月からはだんだんと収穫できる種類が多くなり、キュウリやナス、トマト、ピーマン、トウモロコシ、サツマイモ、かぼちゃなどたくさんの野菜が採れます。

何気ない、一大イベント

農作業だけでなく、安曇野地域ならではの体験も新鮮です。北アルプスの雪解け水が流れる小川の水を触ることも、子ども達は楽しいそう。

「夏場に行くとね、冷たさに感動するんだね。『あの山から雪が溶けて、ここに流れてくるんだよ』って聞くだけで、いろいろと考えて想像するんでしょう。ただ川に入るだけでも学ぶんです、子ども達ってね。」

早朝6時からの散歩も、綺麗な安曇野を満喫できると、子ども達から好評です。前夜、夜更かししていただろう子ども達も、早起きをしてきます。

「朝は比較的に雲が少なく、山々が綺麗に見えます。蝶ヶ岳から白馬三山まで朝日に照らされる景色は感動しますね。

自然の偉大さと言ったら大げさかもしれませんが、そういうものを感じてくれれば、いいですね。」

さらに人気のイベントは、花火。夜の体験内容も農家さんによってさまざまですが、多くの農家さんたちは、お庭でできる手持ち花火を企画しています。

「都会では、花火ができる公園もあまりないようですし、集合住宅に住まれている子ども達が多いようですから、花火をする機会がなかなかないようです。農家は一軒家が多いですから、庭でできる花火は、目を輝かせて楽しんでいますね。」

ちなみに降簱さんのお宅の場合、雨が降っても屋根のあるガレージで花火ができます。「どうしてもやりたい」と言う子ども達の期待に応えられるようです。

「野の花が咲いていたり、カエル1匹見つけたりするだけで歓声を上げる子ども達を見ると、なんて純粋で感性が豊かなんだろうと感じます。」

食べ物でも新しい体験

雨が降った場合には、降簱さんの家ではおやつを作ります。ドーナツや、おまんじゅう、畑で採れた紫蘇のジュースが定番です。

「紫蘇を煮出して甘く味付けした、紫蘇ジュースを作ったことがある子どもは、あまりいませんね。紫蘇を煮出すと、黒っぽい煮汁が出るのですが、酢を入れた途端、化学反応でパッと鮮やかなピンク色に変化します。子ども達はビックリして見ていますよ。」

巡回中の先生が、紫蘇ジュースを飲む子ども達に「何を飲んでいるの?」と聞いた際、子ども達が「ワイン!」と答えて驚かされたこともあるのだそう。

食事は農家さんの家で、みんなで調理して、みんなでいただきます。アレルギーを持つ子どものためにも、食事は特に注意しています。

「妻は管理栄養士ですので、管理は徹底しています。加工品はアレルギー食材が入る場合が多いので、手作りの品が中心となりますね。米や野菜にアレルギーがある子は少ないので、やっぱり野菜が食卓に多く並びます。」

食卓に出てくる野菜の量に、びっくりする子ども達も少なくないのだそう。長野県の野菜消費量は日本一(厚生労働省「国民健康・栄養調査(2012年)」より)との調査結果もありますが、農家では特に量が多いのかもしれません。

「ひとり1つの器で、大盛りサラダを食卓に出したら『こんなに盛ってあるんですか?』とびっくりしていましたね。ほかにもキュウリだったら都会は1切れ、2切れでしょうけれど、農家では、ひとり1本は当たり前。味噌やマヨネーズを付けて、まるごと食べちゃいますよね。たくさん食べてもらっていいですよ。

野菜は、新鮮さはもちろん、肥料によっても味が変わります。いつも食べているキュウリよりも、甘さやみずみずしさなどを感じてもらえると思います。野菜がおいしいって贅沢なことだと思います。」

農作業を通して、野菜が育つ苦労を実感するとともに、野菜の美味しさを知ることができます。

心満たされる時間になって欲しい

降簱さんのご自宅では、2部屋を子ども達に開放しています。1部屋に布団を敷いて、もう1部屋は談笑スペースです。

「ある生徒さんが、普段の生活について話してくれたのですが、クラスメイトも聞いたことがないお話でした。こういう場で、友達の知らない面を感じたり、気づいたり、引き出したりできるのかもしれませんね。談笑スペースからは、夜遅くまでひそひそと話し声が聞こえてきますよ。」

降簱さんは、子ども達と信頼関係を築くためにも、子ども達の声に耳を傾けることを心がけています。そうすると、子ども達から悩みを打ち明けられることも多いそうです。

「いつもは快活な子が一変、しんみりと、学校や友人関係、家族の悩みを、一生懸命に打ち明けてくれることがあるんですね。

子ども達が、自然の中で解放感を持ってもらえているからなのか、私が子ども達の生活圏とは異なる場所にいるからなのか。わかりませんが、話したいと思ってもらえるようですね。こちらとしては、なにも言ってあげられないこともあるのですが、聞いてあげるだけでもいいのかなぁと思います。

大人に話して、聞いてもらえたことが、その子にとってプラスになればいい。リフレッシュして、明日からまた頑張ろうと思ってもらえたら嬉しいですね。」

農家民宿は、子ども達にとって今までとは異なる環境で過ごす体験。新しい気持ちになれたり、心が満たされたりする時間であるように、降簱さんは耳を傾けて、心を配ります。